噛まれても虎子をとる

バングラデシュという国をご存じでしょうか。たいていの人には、ほとんど縁がなく、貧しく人口だけは多い国といった印象なのでは。私の場合は、仕事の関係で毎年何度か出張で行き来しています。その貧しいバングラデシュで、バッグを生産して日本で販売している若い女性企業家がいると聞きました。その人の半生記を書いた本*1があるというので、さっそく読み始めると、これが止まらない。バングラデシュ出張のため、成田に向かうバスの中で読み始めたのですが、空港に着くまでに一気に読んでしまいました。虎穴に入らずんば、虎子を得ずということわざがあります。著者のマザーハウス社長山口絵里子氏は、あちこちかまれることも厭わず、虎穴に入り続けて、結局虎子をものにした人なんじゃないか。

ともかく驚くのは、氏のバイタリティーです。思いついたら、即実行する。写真を見るとずいぶん華奢な感じで、外見からは想像もつかないことをやった人です。中学時代に始めた柔道の力を認められ、女子柔道の強豪校から誘われるが、自力で強くなりたいと、なんと別の高校の男子柔道部(!)にむりやり入部してしまう。いじめに等しいしごきに耐えて、全国大会で7位に入ります。さらに、大学時代にバングラデシュに関心をもつと、いきなり現地にのりこんで、現地の大学院に留学を決意、何のコネもないのに、2週間の滞在中に大学院を直接訪問、いくつも断られたあげく、BRAC大学院に入学してしまう。大学院在学中、バングラ特産のジュートから「途上国発のブランドを創る」と決意、工場を訪ねては断られることを繰り返し、ついに作ってくれる工場を探し出し、自分のデザインをイメージ通りに作らせるために、悪戦苦闘を繰り返す*2。やっと160個のバッグを完成させるが、売り先も全く考えていないから、日本に持って帰ってからは、体当たりの売り込みが始まるわけです。最初の工場と決別したり、次に契約したバングラ人に騙されたりしながらも、腕のいい信頼できる職人と工場にめぐりあい、マザーハウス社を設立して入谷に店舗を出すまでに至ったのです。

粘り強さというか、問題が起こっても目的に向って立ち向かっていくその恐ろしいまでの執念に驚嘆です。男子柔道部に入部したり、深夜単身女性の身でバングラデシュに入国といったあたりは、すごいを通りこして大丈夫か、と言いたくなりますが。これくらいの過剰性がないと、何のコネもない若い女性が、バングラで高品質バッグをつくるなどという前代未聞の事業はできないのでしょう。ともかく、当たって砕けろの精神ですが、副題に号泣戦記とあるように、困難にあって、泣きながらも続けるというところがみそかもしれません。抑圧された感情は、行動を抑圧することで復讐します。感情を泣いて発散できるからこそ、行動に躊躇がなかったということなのでしょうか。男にはちょっとまねできないことです。成功を祈る一方で、どうぞ身体を大切に、と言いたくなりました。

*1:山口絵里子「裸でも生きる」

*2:現地でバッグやその他革製品をいくつも見て品質を知っていますが、氏の苦労は相当のものであったろうと想像できます。