リーダーは不要か

今回のエジプト「革命」を、リーダー不在の新しい形態の革命ととらえる向きがあるタハリール広場に集まったデモ隊が、インターネットを駆使して、リーダーもいないまま、かなりの組織的行動をしていたことから、リーダー不在の社会が可能と言う。


しかし、これはあまりに乱暴な議論である。リーダー不在のデモ隊が、なぜまとまって行動できたかと言えば、ムバラクを追いだすという明確な目的ひとつだけを、みなが共有していたからである。それだけを目的に集まった人たちである。ムバラクを追い出した後のことは、また後で考えればよい。とりあえず、追い落とす。その一点だけを共通の目的としていたから、様々な出自の人々が共闘できたのである。リーダー不在で革命が成就したというのは、お門違いだ。


革命はまだ始まったばかりだ。独裁者を追い出しました。そしてエジプトに平和な、民主的な社会がうまれました。めでたしめでたしとはいかない。革命の最も大切で、もっとも難しいのはこれからである。利害が一致したのは、ムバラク打倒の一点のみ。それ以外の利害は、多種多様である。多様な利害関係を調整して、一つの新しい政治体制を作り上げなければならない。


例えば、外交問題。最重要課題は、おそらく、イスラエルとの関係をどうするかであろう。イスラエル人をパレスチナから即刻叩き出せというものから、アラブの大義はともかく、今まで通りの関係を保つことが、エジプトの真の国益だと信ずるものまで、様々なはずだ。ツイッターで相談して解決する問題ではない。政治とは、結局利害関係の調整なのである。8千万人も人口があれば、利害関係は、非常に錯綜している。


農民からの小麦買い取り価格をあげないと、農民の貧困は緩和できないが、買い取り価格をあげたら、パンの販売価格もあげなければならない。そうなると、都市に住む貧困層の生活が、一層苦しくなる。補助金をだせばよい。そうかもしれない。しかし、そのお金は誰がだすのか。納税者である。甲斐性もない貧困層のために、どうして私が補助をしてやらないといけないのか。そういう不満をもつものも少なくないはずだ。


こういった利害関係を考慮したうえで、最大多数の利益になるような政策を推し進めていくのが、政治家の役割なのだ。そして、エジプトの抱える問題は、今までは、よきにつけあしきにつけ、独裁者が有無を言わさず政策を実行していたのに、これからは、様々な意見を聞きながら、反対者を粘り強く説得して国を引っ張っていくという、難事を行わなければならないことだ。


これがいかに難事であるか、カリスマ的人気を誇ったオバマ大統領が、どれほどの苦境にたたされているかを見れば一目瞭然であろう。そして、エジプトには、オバマほどの人物は、いまのところいないようなのである。